diff -uprN ORG/1979_6568.html RESULTS/1979_6568.html --- ORG/1979_6568.html 2013-09-28 17:06:33.552791000 +0900 +++ RESULTS/1979_6568.html 2017-04-05 13:29:22.459983393 +0900 @@ -256,7 +256,7 @@  スタスタ自分の乗っている車の方へ行ってしまった。
「ヤ」
 遅ればせに声を出したっぱなしで、汽車が動き出しても信吉は、ボンヤリしていた。――鮮人かい!……内地で鮮人と云えば、土方か飴売りしかないもんと思ってる。自分はそれよりひどい暮しをしている内地人だって、〔十四字伏字〕。
- 震災××のとき、何でえ、〔八字伏字〕! 〔四字伏字〕! ハッハッハと新井の伯父は裏の藪で竹槍××の先を油の中で煮ていた。〔十九字伏字〕。だが、大した罰をくったこともきかなかった。
+ 震災××のとき、何でえ、〔八字伏字〕! 〔四字伏字〕! ハッハッハと新井の伯父は裏の藪で竹槍××の先を油の中で煮ていた。〔十九字伏字〕。だが、大した罰をくったこともきかなかった。
 その鮮人に計らず信吉は自分の難儀を助けられたんだ。
 次の朝、建物の前へ赤い横旗を張りわたした小さいステーションへとまったとき、あっちからやって来る縁無眼鏡の姿を見ると、信吉は何だか気がさした。
 けれども、対手は一向頓着ない風だ。
@@ -672,7 +672,7 @@ 「ああ、お前今度第三交代で入って来たんだろ」
と云った。
「俺は実習生なんだよ、工業学校からの……お前旋盤か?」
- それから、その実習生がきき出した。日本に共産党×××があるか? 労働者の賃銀はどの位だ? そこへ、別のテーブルの連中もそろそろやって来た。
+ それから、その実習生がきき出した。日本に共産党×××があるか? 労働者の賃銀はどの位だ? そこへ、別のテーブルの連中もそろそろやって来た。
「……話わかるのか?」
「通じるよ」
 すると、鞣の前垂れをした四十がらみの骨組みのがっしりした労働者が、
diff -uprN ORG/2667_6504.html RESULTS/2667_6504.html --- ORG/2667_6504.html 2013-09-28 17:06:26.350423000 +0900 +++ RESULTS/2667_6504.html 2017-04-05 13:36:31.808790383 +0900 @@ -1,11 +1,12 @@ + - - - + + + - 夏目漱石 高浜虚子著『鶏頭』序 - - + 夏目漱石 高浜虚子著『鶏頭』序 + + @@ -13,55 +14,55 @@

夏目漱石

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- 小説の種類は分け方で色々になる。去ればこそ今日迄こんにちまで西洋人の作った作物を西洋人が評する場合に、便宜に応じて沢山たくさんな名をつけている。傾向小説、理想小説、浪漫派小説、写実派小説、自然派小説などと云うのは、皆在来の述作を材料として、其著るしき特色を認めるに従ってこれを分類したまでである。種類は是丈これだけで尽きたとは云えぬ。ひとたび見地を変れば新らしい名を発見するのは左迄さまで困難でない。いわんや向後の作物が旧来の傾向を繰返くりかえして満足せぬ限り、時と、場合と、作家の性癖と、発展の希望とによって生面を開きつつ推移する限り、何派、何主義と云う思いも寄らぬ名が続々出て来るのが当然である。
- 虚子の作物を一括して、これは何派に属するものだと在来ありふれた範囲内に押し込めるのは余の好まぬ所である。是は必ずしも虚子の作物が多趣多様で到底とうてい概括し得ぬからと云う意味ではない。又は虚子が空前の大才で在来西洋人の用を足して来た分類語では、其の作物に冠する資格がないと云う意味でもない。虚子の作物を読むにつけて、余は不図ふとこんな考えが浮んだ。天下の小説を二種に区別して、其の区別に関聯かんれんして虚子の作物に説き及ぼしたらどうだろう。
- 所謂いわゆる二種の小説とは、余裕のある小説と、余裕のない小説である。ただ是丈これだけではほとんど要領を得ない。のみならず言句にまつわると褒貶ほうへんの意をぐうしてあるかの様にも聞える。かたがた説明の要がある。
- 余裕のある小説と云うのは、名の示す如くせまらない小説である。「非常」と云う字を避けた小説である。不断着の小説である。此間中流行はやった言葉を拝借すると、ある人の所謂いわゆる触れるとか触れぬとか云ううちで、触れない小説である。無論触れるとか触れないとか云う字が曖昧あいまいであって、しかも余は世間の人の用いる通り好加減いいかげんな意味で用いて居るのだから、此字に対して明かな責任は持たないつもりである。ただある人々のとなえる意味において触れない小説と云ったら一番はや分りがするだろうと思って、曖昧ながらわざわざ此字面を拝借したのである。と云うものは、まず字の定義は御互の間に黙契があるとして、ある人々は触れなければ小説にならないと考えて居る。だから余はとくに触れない小説と云う一種の範囲をこしらえて、触れない小説もまた、触れた小説と同じく存在の権利があるのみならず、同等の成功を収め得るものだと主張するのである。
- 触れない小説の意味をもう少し説明しないと余の所存が貫徹しまいと思う。余は自己の考を述べて、こんな風にも小説は解釈が出来るものだと読者から認めてもらえば好い。喧嘩けんかを売る料簡りょうけんでもなし、売られた喧嘩けんかを買う気もない。従がって思う通りを思う通りに述べて誤解のないようにつとめて置かなければならない。
- 個人の身の上でも、一国の歴史でも相互の関係(利害問題にせよ、徳義問題にせよ、其他種々な問題)から死活の大事件が起ることがある。すると渾身こんしん全国ことごとく其事件になり切って仕舞しまう。普通の人間の様に行屎走尿こうしそうにょうの用は足して居るが、用を足して居るか、居らぬか気が付かぬ位に逆上のぼせて仕舞う。先達せんだって友人が来てこんな話をした。小田原で暴風雨があった時、村の漁船が二三杯沖へ出て居て、どうしてもなみしのいでいそへ帰る事が出来ない。村中一人残らずなぎさへ出て焚火たきびをして浮きつ沈みつする船をながめて居るばかりである。此方こちらから繩を持って波を切って、向うの船へ投げ込んで、其繩を引いて陸へ上げるのが彼等の目的である。がそう思う様に目的は達せられんので晩からかけて翌日の午後の三時頃迄は村中浜へ総出のまま風の中、雨の中を立ち尽して居た。所が其長時間のうち誰一人として口をいたものがない又誰一人として握り飯一つ食ったものがないとの事である。こうなると行屎走尿こうしそうにょうすら便じなくなる。余裕のない極端になる。大いに触れてくる。同時に眼前焦眉がんぜんしょうびの事件以外何にも眼に這入はいらなくなる。世界が一本筋になる。平面になる。寝返りも出来ない様に窮屈になる。なっても構わないがそればかりが小説になると云う議論がどうして出来る。世の中は広い。広い世の中に住み方も色々ある。其住み方の色々を随縁臨機ずいえんりんきに楽しむのも余裕である。観察するのも余裕である。味わうのも余裕である。此等の余裕を待って始めて生ずる事件なり事件に対する情緒なりは矢張やはり依然として人生である。活溌々地かっぱつはっちの人生である。描く価値もあるし、読む価値もある。触れた小説と同じく小説になる。或人は浅いと云うかも知れない。浅いと云う点においては余も同感である。しかし価値がないと云う意味に於て浅いと云うなら間違って居る。此場合に於ける深いとか浅いとか云うのは色の濃いとか薄いとか云うのと一般で、濃いから上等で薄いから下等と云う評価のつけられる訳のものでは勿論もちろんない如くごうも作物を高下する索引にはならないのである。
- 護謨ゴムを延ばして、今少し引っ張ると切れると云う所迄構わず持って行く。悪いとは云わない。然し此所迄ここまで引っ張ってぴんとさせなくっちゃ駄目だよと云うに至っては、緊張の趣は解して居るが雍容ようようの味は解し得ない人だと云われても仕方がない。のびない護謨ゴムもゆとりがあって面白いと云う人を屈服させる訳には行かない。
- 茶を品し花にそそぐのも余裕である。冗談じょうだんを云うのも余裕である。絵画彫刻にかんるのも余裕である。つりうたいも芝居も避暑も湯治も余裕である。日露戦争の永続せざる限り、世間がボルクマンの様な人間で充満しない限りは余裕だらけである。しかして吾人もやむを得ざる場合のほかは此余裕を喜ぶものである。従って此等の余裕より生ずる材料は皆小説となって適当である。(喜ぶから小説になると云うと小説は娯楽の為めと云う意味になる。これくわしく説明しようとすると小説の目的と云う議論になる。機会を見て余は此点に関する自己の意見を述べたいと思うが、今は詳説するいとまがないから別に云わぬ。ただ小説は娯楽を目的にしてはならぬと云う議論は成立せぬ。従って娯楽もまた小説の一目的として存在し得るものだとばかり一言して置く。)
- 以上は余裕ある小説の説明である。既に余裕ある小説を説明した以上は余裕なき小説も大概其意味が分ったはずであるが。一言にして云うとセッパ詰った小説を云うのである。息のふさがる様な小説を云うのである。一毫いちごうも道草を食ったり寄道をして油を売ってはならぬ小説を云うのである。呑気のんきな分子、気楽な要素のない小説を云うのである。たとえばイブセンの脚本を小説に直した様なものを云うのである。大いに触れたものを云うのである。所謂いわゆるイブセンの書いたものなどず吾人の一生の浮沈に関する様な非常な大問題をつらまえて来て其問題の解決がしてある。しかも其解決が普通の我々が解決する様な月並でなくってへえと驚ろく様な解決をさせる事がある。人はこれを称して第一義の道念に触れるとも、人生の根元に徹するとも評して居る。成程なるほど吾々凡人より高く一隻眼いっせきがんを具して居ないとあんな御手際おてぎわ覚束おぼつかない。ただ此点だけでも敬服の至りである。然し斯様かよう百尺竿頭ひゃくしゃくかんとうに一歩を進めた解決をさせたり、月並を離れた活動を演出させたり、篇中の性格を裏返しにして人間の腹の底にはこんな妙なものがひそんで居ると云う事を読者に示そうとするには勢い篇中の人物を度外どはずれな境界きょうがいに置かねばならない。余裕をなくなさなくってはならない。セッパ詰らせなくってはいけない。そこで大抵は死活問題が出てくる。一世の浮沈問題が持ち上がって来る。(必ずとは云えない。人間は一寸ちょっと風を引いたのが動機になって内的生活に一革命を起さぬとは限らぬ。然し大体の傾向はと云うと以上の如くである。)
- 斯様かように小説を二つに分けて見た所で虚子の小説はどっちに属するかと云うとず前者即ち余裕のある方面に属すると思う。其余裕のある所が、ある一派の人から見て気に入らぬ所であろうと思われる。だからどんな所に余裕があると云う事を説明したらば、是等の人々の誤解を防いで、幾分か虚子の長所を発揮する方便になるだろうと思う。これを説明するには例を引くのが早分りである。
- 文章に低徊趣味ていかいしゅみと云う一種の趣味がある。是は便宜の為め余の製造した言語であるから他人には解り様がなかろうがず一と口に云うと一事に即し一物に倒して、独特もしくは連想の興味を起して、左からながめたり右から眺めたりして容易に去り難いと云う風な趣味を指すのである。だから低徊趣味と云わないでも依々趣味、恋々趣味と云ってもよい。所が此趣味は名前のあらわす如く出来るだけ長く一つ所に佇立ちょりつする趣味であるから一方から云えば容易に進行せぬ趣味である。換言すれば余裕がある人でなければ出来ない趣味である。間人かんじんが買物に出ると途中で引かかる。交番の前でねずみをぶら下げて居る小僧を見たり、天狗連てんぐれん御浚おさらえを聴いたりして肝腎かんじんの買物は中々弁じない。所が忙がしい人になると、そんな余裕はない。買物に出たら買物が目的である。買物さえ買えば、それで目的は達せられたのである。小説も其通りである。篇中の人物の運命、ことに死ぬるか活きるかと云う運命だけに興味を置いて居ると自然と余裕はなくなってくる。従ってセッパ詰って低徊趣味ていかいしゅみは減じて来る。
- そこで低徊趣味も客観的とか主観的とか区別すれば色々になるが、それは面倒だからしばらく云わぬとしても、虚子の小説には此余裕から生ずる低徊趣味が多いかと思う。或人は云うかも知らぬ虚子の小説は皆短篇である。所謂いわゆる低徊趣味は長篇ならばかく、こんな短かいものにそんな趣味のあらわれる訳がないと。所が事実は反対である。長いものになると、そう単調に進行する事が出来んから、自然だれの作物でも余事が混入してくるし、又ページの数から云っても余裕は出来易できやすい。だから長篇ものに所々此趣味が散点して居ても、取り立ててこれが作者の趣味だと言い切る訳には行かない。所が短篇ものになると頁数に限りがある。其限りがあるうちで人の眼につく様に此趣味を出すと云えば作者の嗜好しこうは判然として争うべき余地はない。
- 虚子の風流懺法ふうりゅうせんぽうには子坊主こぼうずが出てくる。所が此小坊主がどうしたとか、こうしたとか云うよりも祇園ぎおんの茶屋で歌をうたったり、酒を飲んだり、仲居なかい前垂まえだれを掛けて居たり、舞子が京都風に帯を結んで居たりするのが眼につく。言葉を換えると、虚子は小坊主の運命がどう変ったとか、どうなって行くとか云う問題よりも妓楼一夕ぎろういっせきの光景に深い興味をって、其光景を思い浮べて恋々たるのである。此光景を虚子と共に味わう気がなくっては、始から風流懺法は物にならん。斑鳩物語いかるがものがたりも其の通である。所は奈良で、物寂ものさびた春の宿にの音が聞えると云う光景が眼前に浮んでまでこれにふけり得るだけの趣味を持って居ないと面白くない。お道さんとか云う女がどうしましたねとお道さんの運命ばかり気にして居てはきわめて詰らない。楽屋も其通り。なかに出てくる吉野さんよりも能の楽屋の景色や照葉狂言てりはきょうげんの楽屋の景色其物に興味がないと極めて物足らない小説になるかも知れぬ。勝敗は多少意味が違うがかく腕白な子供とじいさんの対話其物に低徊拍掌ていかいはくしょうの感を起さなくては意味さえ分らなくなる。子供と爺さんがそれから先どうなったにも、こうなったにもまるで頭も尻尾しっぽもありゃしない。八文字に至っては其極端である。
- こう云う立場からして読んで見ると虚子の小説は面白い所がある。我々が気の付かない所や言い得ない様な所に低徊趣味を発揮して居る。此集には見えないが京の隧道ずいどうを舟で抜ける所などいまだに余が頭に残って居る。其代り人間の運命と云う事を主にして見ると、あまり成功して居らん。ただ大内旅宿だけはうまく出来て居る。然しここには低徊趣味が全然欠乏している。(なぜ大内旅宿が成功して居るかを説明したいが、長くなるからやめる。大内旅宿などは無余裕派の人で一言も批評をした事がない様であるが、あれは一見平凡な運命をかいたようで、そのうちに大いなる曲折と出来る限りの複雑の度を含んで居る。それであれ程の頁で済んで居るから低徊趣味のないのも無理はない。)
- 余は小説を区別して余裕派と非余裕派としてイブセンを後者の例に引いた。で前云った通り此種の小説の特色としては人生の死活問題をらっきたって、切実なる運命の極致を写すのを特色とする。読者は此点をげて此種の作物を謳歌おうかし、余もまた此点に於て此種の作物に敬服する。所で此種の作物に対する賞讃の辞を聞くと第一義とか、意味が深いとか、痛切とか、深刻とか云って居る。余は此賞讃の辞に対して是非を争う料簡りょうけんはない。ないがこれが小説の極致であるかと問われると、そうさなと首をかたむけざるを得ない。成程なるほど是等これらの作物は第一義の道念に触れて居るかも知れぬ。然し其第一義というのは生死界中にっての第一義である。どうしても生死を脱離し得ぬ煩脳底ぼんのうていの第一義である。人生観が是より以上に上れぬとすると是が絶対的に第一義かも知れぬが、もし生死の関門を打破して二者を眼中にかぬ人生観が成立し得るとすると今の所謂いわゆる第一義はかえって第二義に堕在するかも知れぬ。俳味禅味の論がここで生ずる。
- 余は禅というものを知らない。むかし鎌倉の宗演和尚に参して父母未生以前ふもみしょういぜん本来の面目はなんだと聞かれてがんと参ったぎりまだ本来の面目に御目おめかかった事のない門外漢である。だからここに禅味などという問題を出すのは自分が禅を心得て居るから云うのではない。智識ちしきのかいたものに悟とはこんなものであるとあるからはたしてそんなものなら、こう云う人生観が出来るだろう。こう云う人生観が出来るならば小説もこんな態度にかけるだろうと論ずるまでである。
- 禅坊主の書いた法語とか語録とか云うものを見ると魚が木に登ったり牛が水底をあるいたりしからん事ばかりであるうちに、一貫してう云う事がある。着衣喫飯の主人公たる我は何物ぞと考え考えてせんめてくると、仕舞しまいには、自分と世界との障壁しょうへきがなくなって天地が一枚で出来た様な虚霊皎潔きょれいこうけつな心持になる。それでも構わず元来吾輩は何だと考えて行くと、もう絶体絶命にっちもさっちも行かなくなる、其所そこを無理にぐいぐい考えると突然と爆発して自分が判然と分る。分るとこうなる。自分は元来生れたのでもなかった。又死ぬものでもなかった。増しもせぬ、りもせぬんだか訳の分らないものだ。
- しばらく彼等の云う事を事実として見ると、所謂いわゆる生死の現象は夢の様なものである。生きて居たとて夢である。死んだとて夢である。生死とも夢である以上は生死界中に起る問題は如何いかに重要な問題でも如何に痛切な問題でも夢の様な問題で、夢の様な問題以上には登らぬ訳である。従って生死界中にあって最も意味の深い、最も第一義なる問題はことごとく其光輝こうきを失ってくる。殺されても怖くなくなる。金を貰っても難有ありがたくなくなる。はずかしめられても恥とは思わなくなる。と云うものはすべ是等これらの現象界の奥に自己の本体はあって、此流俗と浮沈するのは徹底に浮沈するのではない。しばらく冗談半分じょうだんはんぶんに浮沈して居るのである。いくら猛烈に怒っても、いくらひいひい泣いても、怒りが行き留りではない、涙が突き当りではない。奥にちゃんと退がある。いざとなれば此立退場たてのきばへいつでも帰られる。しかも此立退場は不増である。不減である。いくら天下様の御威光でも手のつけ様のない安全な立退場である。此立退場をって居る人の喜怒哀楽と、有たない人の喜怒哀楽とは人から見たら一様かも知れないがこれを起す人之を受ける人から云うと莫大ばくだいな相違がある。従って流俗で云う第一義の問題も此見地に住する人から云うと第二義以下にちて仕舞しまう。従がって我等から云ってセッパ詰った問題も此人等から云うと余裕のある問題になる。
- 所謂いわゆる禅味と云うものを解釈した人があるかないか知らないが、禅坊主の趣味だから禅味と云うのだろう。そうして禅坊主の悟りと云うものが彼等の云う通りのものであったなら余の解釈に間違はなかろうと思う。して見ると禅味と云う事はあんに余裕のある文学と云う意味に一致する。そうしてその余裕は生死以上に第一義を置くから出てくる。
- 余は虚子の小説を評して余裕があると云った。虚子の小説に余裕があるのははたして前条の如く禅家の悟を開いた為かどうだか分らない。ただ世間ではよく俳味禅味と並べて云う様である。虚子は俳句に於て長い間苦心した男である。従がって所謂いわゆる俳味なるものが流露して小説の上にあらわれたのが一見禅味から来た余裕と一致して、こんな余裕を生じたのかも知れない。虚子の小説を評するにあたっては是丈これだけの事を述べる必要があると思う。
- もっとも虚子もよく移る人である。現に集中でも秋風なんと云うのは大分風が違って居る。それでも比較的痛切な題目に対する虚子の叙述的態度は依然として余裕がある様である。虚子は畢竟ひっきょう余裕のある人かも知れない。
-  明治四十年十一月
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+ 小説の種類は分け方で色々になる。去ればこそ今日迄こんにちまで西洋人の作った作物を西洋人が評する場合に、便宜に応じて沢山たくさんな名をつけている。傾向小説、理想小説、浪漫派小説、写実派小説、自然派小説などと云うのは、皆在来の述作を材料として、其著るしき特色を認めるに従ってこれを分類したまでである。種類は是丈これだけで尽きたとは云えぬ。ひとたび見地を変れば新らしい名を発見するのは左迄さまで困難でない。いわんや向後の作物が旧来の傾向を繰返くりかえして満足せぬ限り、時と、場合と、作家の性癖と、発展の希望とによって生面を開きつつ推移する限り、何派、何主義と云う思いも寄らぬ名が続々出て来るのが当然である。
+ 虚子の作物を一括して、これは何派に属するものだと在来ありふれた範囲内に押し込めるのは余の好まぬ所である。是は必ずしも虚子の作物が多趣多様で到底とうてい概括し得ぬからと云う意味ではない。又は虚子が空前の大才で在来西洋人の用を足して来た分類語では、其の作物に冠する資格がないと云う意味でもない。虚子の作物を読むにつけて、余は不図ふとこんな考えが浮んだ。天下の小説を二種に区別して、其の区別に関聯かんれんして虚子の作物に説き及ぼしたらどうだろう。
+ 所謂いわゆる二種の小説とは、余裕のある小説と、余裕のない小説である。ただ是丈これだけではほとんど要領を得ない。のみならず言句にまつわると褒貶ほうへんの意をぐうしてあるかの様にも聞える。かたがた説明の要がある。
+ 余裕のある小説と云うのは、名の示す如くせまらない小説である。「非常」と云う字を避けた小説である。不断着の小説である。此間中流行はやった言葉を拝借すると、ある人の所謂いわゆる触れるとか触れぬとか云ううちで、触れない小説である。無論触れるとか触れないとか云う字が曖昧あいまいであって、しかも余は世間の人の用いる通り好加減いいかげんな意味で用いて居るのだから、此字に対して明かな責任は持たないつもりである。ただある人々のとなえる意味において触れない小説と云ったら一番はや分りがするだろうと思って、曖昧ながらわざわざ此字面を拝借したのである。と云うものは、まず字の定義は御互の間に黙契があるとして、ある人々は触れなければ小説にならないと考えて居る。だから余はとくに触れない小説と云う一種の範囲をこしらえて、触れない小説もまた、触れた小説と同じく存在の権利があるのみならず、同等の成功を収め得るものだと主張するのである。
+ 触れない小説の意味をもう少し説明しないと余の所存が貫徹しまいと思う。余は自己の考を述べて、こんな風にも小説は解釈が出来るものだと読者から認めてもらえば好い。喧嘩けんかを売る料簡りょうけんでもなし、売られた喧嘩けんかを買う気もない。従がって思う通りを思う通りに述べて誤解のないようにつとめて置かなければならない。
+ 個人の身の上でも、一国の歴史でも相互の関係(利害問題にせよ、徳義問題にせよ、其他種々な問題)から死活の大事件が起ることがある。すると渾身こんしん全国ことごとく其事件になり切って仕舞しまう。普通の人間の様に行屎走尿こうしそうにょうの用は足して居るが、用を足して居るか、居らぬか気が付かぬ位に逆上のぼせて仕舞う。先達せんだって友人が来てこんな話をした。小田原で暴風雨があった時、村の漁船が二三杯沖へ出て居て、どうしてもなみしのいでいそへ帰る事が出来ない。村中一人残らずなぎさへ出て焚火たきびをして浮きつ沈みつする船をながめて居るばかりである。此方こちらから繩を持って波を切って、向うの船へ投げ込んで、其繩を引いて陸へ上げるのが彼等の目的である。がそう思う様に目的は達せられんので晩からかけて翌日の午後の三時頃迄は村中浜へ総出のまま風の中、雨の中を立ち尽して居た。所が其長時間のうち誰一人として口をいたものがない又誰一人として握り飯一つ食ったものがないとの事である。こうなると行屎走尿こうしそうにょうすら便じなくなる。余裕のない極端になる。大いに触れてくる。同時に眼前焦眉がんぜんしょうびの事件以外何にも眼に這入はいらなくなる。世界が一本筋になる。平面になる。寝返りも出来ない様に窮屈になる。なっても構わないがそればかりが小説になると云う議論がどうして出来る。世の中は広い。広い世の中に住み方も色々ある。其住み方の色々を随縁臨機ずいえんりんきに楽しむのも余裕である。観察するのも余裕である。味わうのも余裕である。此等の余裕を待って始めて生ずる事件なり事件に対する情緒なりは矢張やはり依然として人生である。活溌々地かっぱつはっちの人生である。描く価値もあるし、読む価値もある。触れた小説と同じく小説になる。或人は浅いと云うかも知れない。浅いと云う点においては余も同感である。しかし価値がないと云う意味に於て浅いと云うなら間違って居る。此場合に於ける深いとか浅いとか云うのは色の濃いとか薄いとか云うのと一般で、濃いから上等で薄いから下等と云う評価のつけられる訳のものでは勿論もちろんない如くごうも作物を高下する索引にはならないのである。
+ 護謨ゴムを延ばして、今少し引っ張ると切れると云う所迄構わず持って行く。悪いとは云わない。然し此所迄ここまで引っ張ってぴんとさせなくっちゃ駄目だよと云うに至っては、緊張の趣は解して居るが雍容ようようの味は解し得ない人だと云われても仕方がない。のびない護謨ゴムもゆとりがあって面白いと云う人を屈服させる訳には行かない。
+ 茶を品し花にそそぐのも余裕である。冗談じょうだんを云うのも余裕である。絵画彫刻にかんるのも余裕である。つりうたいも芝居も避暑も湯治も余裕である。日露戦争の永続せざる限り、世間がボルクマンの様な人間で充満しない限りは余裕だらけである。しかして吾人もやむを得ざる場合のほかは此余裕を喜ぶものである。従って此等の余裕より生ずる材料は皆小説となって適当である。(喜ぶから小説になると云うと小説は娯楽の為めと云う意味になる。これくわしく説明しようとすると小説の目的と云う議論になる。機会を見て余は此点に関する自己の意見を述べたいと思うが、今は詳説するいとまがないから別に云わぬ。ただ小説は娯楽を目的にしてはならぬと云う議論は成立せぬ。従って娯楽もまた小説の一目的として存在し得るものだとばかり一言して置く。)
+ 以上は余裕ある小説の説明である。既に余裕ある小説を説明した以上は余裕なき小説も大概其意味が分ったはずであるが。一言にして云うとセッパ詰った小説を云うのである。息のふさがる様な小説を云うのである。一毫いちごうも道草を食ったり寄道をして油を売ってはならぬ小説を云うのである。呑気のんきな分子、気楽な要素のない小説を云うのである。たとえばイブセンの脚本を小説に直した様なものを云うのである。大いに触れたものを云うのである。所謂いわゆるイブセンの書いたものなどず吾人の一生の浮沈に関する様な非常な大問題をつらまえて来て其問題の解決がしてある。しかも其解決が普通の我々が解決する様な月並でなくってへえと驚ろく様な解決をさせる事がある。人はこれを称して第一義の道念に触れるとも、人生の根元に徹するとも評して居る。成程なるほど吾々凡人より高く一隻眼いっせきがんを具して居ないとあんな御手際おてぎわ覚束おぼつかない。ただ此点だけでも敬服の至りである。然し斯様かよう百尺竿頭ひゃくしゃくかんとうに一歩を進めた解決をさせたり、月並を離れた活動を演出させたり、篇中の性格を裏返しにして人間の腹の底にはこんな妙なものがひそんで居ると云う事を読者に示そうとするには勢い篇中の人物を度外どはずれな境界きょうがいに置かねばならない。余裕をなくなさなくってはならない。セッパ詰らせなくってはいけない。そこで大抵は死活問題が出てくる。一世の浮沈問題が持ち上がって来る。(必ずとは云えない。人間は一寸ちょっと風を引いたのが動機になって内的生活に一革命を起さぬとは限らぬ。然し大体の傾向はと云うと以上の如くである。)
+ 斯様かように小説を二つに分けて見た所で虚子の小説はどっちに属するかと云うとず前者即ち余裕のある方面に属すると思う。其余裕のある所が、ある一派の人から見て気に入らぬ所であろうと思われる。だからどんな所に余裕があると云う事を説明したらば、是等の人々の誤解を防いで、幾分か虚子の長所を発揮する方便になるだろうと思う。これを説明するには例を引くのが早分りである。
+ 文章に低徊趣味ていかいしゅみと云う一種の趣味がある。是は便宜の為め余の製造した言語であるから他人には解り様がなかろうがず一と口に云うと一事に即し一物に倒して、独特もしくは連想の興味を起して、左からながめたり右から眺めたりして容易に去り難いと云う風な趣味を指すのである。だから低徊趣味と云わないでも依々趣味、恋々趣味と云ってもよい。所が此趣味は名前のあらわす如く出来るだけ長く一つ所に佇立ちょりつする趣味であるから一方から云えば容易に進行せぬ趣味である。換言すれば余裕がある人でなければ出来ない趣味である。間人かんじんが買物に出ると途中で引かかる。交番の前でねずみをぶら下げて居る小僧を見たり、天狗連てんぐれん御浚おさらえを聴いたりして肝腎かんじんの買物は中々弁じない。所が忙がしい人になると、そんな余裕はない。買物に出たら買物が目的である。買物さえ買えば、それで目的は達せられたのである。小説も其通りである。篇中の人物の運命、ことに死ぬるか活きるかと云う運命だけに興味を置いて居ると自然と余裕はなくなってくる。従ってセッパ詰って低徊趣味ていかいしゅみは減じて来る。
+ そこで低徊趣味も客観的とか主観的とか区別すれば色々になるが、それは面倒だからしばらく云わぬとしても、虚子の小説には此余裕から生ずる低徊趣味が多いかと思う。或人は云うかも知らぬ虚子の小説は皆短篇である。所謂いわゆる低徊趣味は長篇ならばかく、こんな短かいものにそんな趣味のあらわれる訳がないと。所が事実は反対である。長いものになると、そう単調に進行する事が出来んから、自然だれの作物でも余事が混入してくるし、又ページの数から云っても余裕は出来易できやすい。だから長篇ものに所々此趣味が散点して居ても、取り立ててこれが作者の趣味だと言い切る訳には行かない。所が短篇ものになると頁数に限りがある。其限りがあるうちで人の眼につく様に此趣味を出すと云えば作者の嗜好しこうは判然として争うべき余地はない。
+ 虚子の風流懺法ふうりゅうせんぽうには子坊主こぼうずが出てくる。所が此小坊主がどうしたとか、こうしたとか云うよりも祇園ぎおんの茶屋で歌をうたったり、酒を飲んだり、仲居なかい前垂まえだれを掛けて居たり、舞子が京都風に帯を結んで居たりするのが眼につく。言葉を換えると、虚子は小坊主の運命がどう変ったとか、どうなって行くとか云う問題よりも妓楼一夕ぎろういっせきの光景に深い興味をって、其光景を思い浮べて恋々たるのである。此光景を虚子と共に味わう気がなくっては、始から風流懺法は物にならん。斑鳩物語いかるがものがたりも其の通である。所は奈良で、物寂ものさびた春の宿にの音が聞えると云う光景が眼前に浮んでまでこれにふけり得るだけの趣味を持って居ないと面白くない。お道さんとか云う女がどうしましたねとお道さんの運命ばかり気にして居てはきわめて詰らない。楽屋も其通り。なかに出てくる吉野さんよりも能の楽屋の景色や照葉狂言てりはきょうげんの楽屋の景色其物に興味がないと極めて物足らない小説になるかも知れぬ。勝敗は多少意味が違うがかく腕白な子供とじいさんの対話其物に低徊拍掌ていかいはくしょうの感を起さなくては意味さえ分らなくなる。子供と爺さんがそれから先どうなったにも、こうなったにもまるで頭も尻尾しっぽもありゃしない。八文字に至っては其極端である。
+ こう云う立場からして読んで見ると虚子の小説は面白い所がある。我々が気の付かない所や言い得ない様な所に低徊趣味を発揮して居る。此集には見えないが京の隧道ずいどうを舟で抜ける所などいまだに余が頭に残って居る。其代り人間の運命と云う事を主にして見ると、あまり成功して居らん。ただ大内旅宿だけはうまく出来て居る。然しここには低徊趣味が全然欠乏している。(なぜ大内旅宿が成功して居るかを説明したいが、長くなるからやめる。大内旅宿などは無余裕派の人で一言も批評をした事がない様であるが、あれは一見平凡な運命をかいたようで、そのうちに大いなる曲折と出来る限りの複雑の度を含んで居る。それであれ程の頁で済んで居るから低徊趣味のないのも無理はない。)
+ 余は小説を区別して余裕派と非余裕派としてイブセンを後者の例に引いた。で前云った通り此種の小説の特色としては人生の死活問題をらっきたって、切実なる運命の極致を写すのを特色とする。読者は此点をげて此種の作物を謳歌おうかし、余もまた此点に於て此種の作物に敬服する。所で此種の作物に対する賞讃の辞を聞くと第一義とか、意味が深いとか、痛切とか、深刻とか云って居る。余は此賞讃の辞に対して是非を争う料簡りょうけんはない。ないがこれが小説の極致であるかと問われると、そうさなと首をかたむけざるを得ない。成程なるほど是等これらの作物は第一義の道念に触れて居るかも知れぬ。然し其第一義というのは生死界中にっての第一義である。どうしても生死を脱離し得ぬ煩脳底ぼんのうていの第一義である。人生観が是より以上に上れぬとすると是が絶対的に第一義かも知れぬが、もし生死の関門を打破して二者を眼中にかぬ人生観が成立し得るとすると今の所謂いわゆる第一義はかえって第二義に堕在するかも知れぬ。俳味禅味の論がここで生ずる。
+ 余は禅というものを知らない。むかし鎌倉の宗演和尚に参して父母未生以前ふもみしょういぜん本来の面目はなんだと聞かれてがんと参ったぎりまだ本来の面目に御目おめかかった事のない門外漢である。だからここに禅味などという問題を出すのは自分が禅を心得て居るから云うのではない。智識ちしきのかいたものに悟とはこんなものであるとあるからはたしてそんなものなら、こう云う人生観が出来るだろう。こう云う人生観が出来るならば小説もこんな態度にかけるだろうと論ずるまでである。
+ 禅坊主の書いた法語とか語録とか云うものを見ると魚が木に登ったり牛が水底をあるいたりしからん事ばかりであるうちに、一貫してう云う事がある。着衣喫飯の主人公たる我は何物ぞと考え考えてせんめてくると、仕舞しまいには、自分と世界との障壁しょうへきがなくなって天地が一枚で出来た様な虚霊皎潔きょれいこうけつな心持になる。それでも構わず元来吾輩は何だと考えて行くと、もう絶体絶命にっちもさっちも行かなくなる、其所そこを無理にぐいぐい考えると突然と爆発して自分が判然と分る。分るとこうなる。自分は元来生れたのでもなかった。又死ぬものでもなかった。増しもせぬ、りもせぬんだか訳の分らないものだ。
+ しばらく彼等の云う事を事実として見ると、所謂いわゆる生死の現象は夢の様なものである。生きて居たとて夢である。死んだとて夢である。生死とも夢である以上は生死界中に起る問題は如何いかに重要な問題でも如何に痛切な問題でも夢の様な問題で、夢の様な問題以上には登らぬ訳である。従って生死界中にあって最も意味の深い、最も第一義なる問題はことごとく其光輝こうきを失ってくる。殺されても怖くなくなる。金を貰っても難有ありがたくなくなる。はずかしめられても恥とは思わなくなる。と云うものはすべ是等これらの現象界の奥に自己の本体はあって、此流俗と浮沈するのは徹底に浮沈するのではない。しばらく冗談半分じょうだんはんぶんに浮沈して居るのである。いくら猛烈に怒っても、いくらひいひい泣いても、怒りが行き留りではない、涙が突き当りではない。奥にちゃんと退がある。いざとなれば此立退場たてのきばへいつでも帰られる。しかも此立退場は不増である。不減である。いくら天下様の御威光でも手のつけ様のない安全な立退場である。此立退場をって居る人の喜怒哀楽と、有たない人の喜怒哀楽とは人から見たら一様かも知れないがこれを起す人之を受ける人から云うと莫大ばくだいな相違がある。従って流俗で云う第一義の問題も此見地に住する人から云うと第二義以下にちて仕舞しまう。従がって我等から云ってセッパ詰った問題も此人等から云うと余裕のある問題になる。
+ 所謂いわゆる禅味と云うものを解釈した人があるかないか知らないが、禅坊主の趣味だから禅味と云うのだろう。そうして禅坊主の悟りと云うものが彼等の云う通りのものであったなら余の解釈に間違はなかろうと思う。して見ると禅味と云う事はあんに余裕のある文学と云う意味に一致する。そうしてその余裕は生死以上に第一義を置くから出てくる。
+ 余は虚子の小説を評して余裕があると云った。虚子の小説に余裕があるのははたして前条の如く禅家の悟を開いた為かどうだか分らない。ただ世間ではよく俳味禅味と並べて云う様である。虚子は俳句に於て長い間苦心した男である。従がって所謂いわゆる俳味なるものが流露して小説の上にあらわれたのが一見禅味から来た余裕と一致して、こんな余裕を生じたのかも知れない。虚子の小説を評するにあたっては是丈これだけの事を述べる必要があると思う。
+ もっとも虚子もよく移る人である。現に集中でも秋風なんと云うのは大分風が違って居る。それでも比較的痛切な題目に対する虚子の叙述的態度は依然として余裕がある様である。虚子は畢竟ひっきょう余裕のある人かも知れない。
+  明治四十年十一月
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底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房  -
-   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
-※底本はこの作品で「門<日」と「門<月」を使い分けており、「間《かん》を遣《や》る」と「間人《かんじん》」には、「門<月」をあてている。「門<月」は「閑」の意味で使用されている。
-入力:Nana ohbe
-校正:米田進
-2002年4月27日作成
-2003年5月11日修正
-青空文庫作成ファイル:
-このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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+   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
+※底本はこの作品で「門<日」と「門<月」を使い分けており、「間《かん》を遣《や》る」と「間人《かんじん》」には、「門<月」をあてている。「門<月」は「閑」の意味で使用されている。
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-●表記について
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+●表記について
- \ 繝輔ぃ繧、繝ォ譛ォ蟆セ縺ォ謾ケ陦後′縺ゅj縺セ縺帙s + diff -uprN ORG/2669_6501.html RESULTS/2669_6501.html --- ORG/2669_6501.html 2013-09-28 17:06:26.368934000 +0900 +++ RESULTS/2669_6501.html 2017-04-05 13:35:55.272707419 +0900 @@ -1,11 +1,12 @@ + - - - + + + - 夏目漱石 岡本一平著並画『探訪画趣』序 - - + 夏目漱石 岡本一平著並画『探訪画趣』序 + + @@ -13,40 +14,40 @@

夏目漱石

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- 私は朝日新聞に出るあなたの描いた漫画に多大な興味をっている一人であります。いつか社の鎌田君に其話をして、あれなりにして捨ててしまうのは惜しいものだ、今のうちにまとめて出版したらかろうにと云った事があります。其後あなた自身が見えた時、私はあなたに自分の描いたものはみんな保存してあるでしょうねと聞いたら、あなたは大抵散逸してしまったように答えられたので私は驚ろきました。もっともそういう私も随分無頓着むとんじゃくな方で、俳句などになると、作れば作ったなりで、手帳にも何にも書き留めて置かないために、一寸ちょっと短冊などを突きつけられて、忘れたものを思い出すのに骨の折れる場合もありますが、それは私がその道に重きを置いていない結果だから、仕方がありませんが、貴方あなたの画は私の俳句よりも大事にして然るべきだと私はかねてから思っていたのだから、それをそろえて置かない貴方の料簡りょうけんが私には解らなかったのです。
- あなたは私に云われて始めて気が付いたように工場の中を探し廻ったというじゃありませんか。そうしてようやくそれを出版するだけまとめたのだそうですね。左右そうなればあなたの労力が単独に世間に紹介されるという点において、あなたも満足でしょう、最初勧誘した責任のある私も喜ばしく思います。私ばかりではありません、世の中には私と同感のものがまだ沢山たくさんあるに違ないのです。
- 普通漫画というものには二た通りあるようです。一つは世間の事相に頓着とんじゃくしない芸術家自身の趣味なり嗜好しこうなりを表現するもので、一つは時事につれて其日々々の出来事を、ある意味の記事同様に描き去るのです。時と推し移る新聞には、無論後者の方が大切でしょうが、あなたはその方面に於ての成功者じゃなかろうかと私は考えるのです。私が最初あなたに勧めて、年中行事というようなものを順次にならべて一巻にしたらうだろうと云ったのは、これがためなのです。見る人は無論あなたの画から、何時いつんな事があったかの記憶を心のうちに呼び起すでしょう、しかも貴方の表現したような特別な観察点に立って、自分がいまだかつて経験しなかったような記憶を新らしくするでしょう。此二つの記憶が経となり緯となって、ただでは得られない愉快が頭の中に満ちて来るかも知れません。忙がしい我々は毎日々々へびが衣を脱ぐように、我々の過去を未練なく脱いで、ひたすら先へ先へと進むようですが、たまには落ち付いて今迄通って来たみちを振り向きたくなるものです。其時茫然ぼうぜんと考えているだけでは、眼に映る過去は、映らない時と大差なき位に、貧弱なものであります。あなたの太い線、大きな手、変な顔、すべてあなたに特有な形で描かれた簡単な画は、其時我々に過去はんなものだと教えてれるのです。過去はこれ程馬鹿気て、愉快で、変てこに滑稽こっけいに通過されたのだと教えてれるのです。我々は落付いた眼に笑をたたえて又齷齪あくせくと先へ進む事が出来ます。あなたの観察に皮肉はありますが、苦々にがにがしい所はないのですから。
- もう一つあなたの特色をげて見ると、普通の画家は画になる所さえ見付ければ、それですぐ筆をります。あなたは左右そうでないようです。あなたの画には必ず解題が付いています。そうして其解題の文章が大変器用で面白く書けています。あるものになると、画よりも文章の方がまさっているように思われるのさえあります。あなたは東京の下町で育ったから、ういう風に文章が軽く書きこなされるのかも知れませんが、いくら文章を書く腕があっても、画が其腕をおさえて働らかせないような性質のものならそれまでです。面白い絵説の書けるはずはありません。だから貴方は画題を選ぶ眼で、同時に文章になる画を描いたと云わなければなりません。その点になると、今の日本の漫画家にあなたのようなものは一人もないと云っても誇張ではありますまい。私は此絵と文とをうまく調和させる力を一層拡大して、大正の風俗とか東京名所とかいう大きな書物を、あなたに書いて頂きたいような気がするのです。
-  六月十五日
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+ 私は朝日新聞に出るあなたの描いた漫画に多大な興味をっている一人であります。いつか社の鎌田君に其話をして、あれなりにして捨ててしまうのは惜しいものだ、今のうちにまとめて出版したらかろうにと云った事があります。其後あなた自身が見えた時、私はあなたに自分の描いたものはみんな保存してあるでしょうねと聞いたら、あなたは大抵散逸してしまったように答えられたので私は驚ろきました。もっともそういう私も随分無頓着むとんじゃくな方で、俳句などになると、作れば作ったなりで、手帳にも何にも書き留めて置かないために、一寸ちょっと短冊などを突きつけられて、忘れたものを思い出すのに骨の折れる場合もありますが、それは私がその道に重きを置いていない結果だから、仕方がありませんが、貴方あなたの画は私の俳句よりも大事にして然るべきだと私はかねてから思っていたのだから、それをそろえて置かない貴方の料簡りょうけんが私には解らなかったのです。
+ あなたは私に云われて始めて気が付いたように工場の中を探し廻ったというじゃありませんか。そうしてようやくそれを出版するだけまとめたのだそうですね。左右そうなればあなたの労力が単独に世間に紹介されるという点において、あなたも満足でしょう、最初勧誘した責任のある私も喜ばしく思います。私ばかりではありません、世の中には私と同感のものがまだ沢山たくさんあるに違ないのです。
+ 普通漫画というものには二た通りあるようです。一つは世間の事相に頓着とんじゃくしない芸術家自身の趣味なり嗜好しこうなりを表現するもので、一つは時事につれて其日々々の出来事を、ある意味の記事同様に描き去るのです。時と推し移る新聞には、無論後者の方が大切でしょうが、あなたはその方面に於ての成功者じゃなかろうかと私は考えるのです。私が最初あなたに勧めて、年中行事というようなものを順次にならべて一巻にしたらうだろうと云ったのは、これがためなのです。見る人は無論あなたの画から、何時いつんな事があったかの記憶を心のうちに呼び起すでしょう、しかも貴方の表現したような特別な観察点に立って、自分がいまだかつて経験しなかったような記憶を新らしくするでしょう。此二つの記憶が経となり緯となって、ただでは得られない愉快が頭の中に満ちて来るかも知れません。忙がしい我々は毎日々々へびが衣を脱ぐように、我々の過去を未練なく脱いで、ひたすら先へ先へと進むようですが、たまには落ち付いて今迄通って来たみちを振り向きたくなるものです。其時茫然ぼうぜんと考えているだけでは、眼に映る過去は、映らない時と大差なき位に、貧弱なものであります。あなたの太い線、大きな手、変な顔、すべてあなたに特有な形で描かれた簡単な画は、其時我々に過去はんなものだと教えてれるのです。過去はこれ程馬鹿気て、愉快で、変てこに滑稽こっけいに通過されたのだと教えてれるのです。我々は落付いた眼に笑をたたえて又齷齪あくせくと先へ進む事が出来ます。あなたの観察に皮肉はありますが、苦々にがにがしい所はないのですから。
+ もう一つあなたの特色をげて見ると、普通の画家は画になる所さえ見付ければ、それですぐ筆をります。あなたは左右そうでないようです。あなたの画には必ず解題が付いています。そうして其解題の文章が大変器用で面白く書けています。あるものになると、画よりも文章の方がまさっているように思われるのさえあります。あなたは東京の下町で育ったから、ういう風に文章が軽く書きこなされるのかも知れませんが、いくら文章を書く腕があっても、画が其腕をおさえて働らかせないような性質のものならそれまでです。面白い絵説の書けるはずはありません。だから貴方は画題を選ぶ眼で、同時に文章になる画を描いたと云わなければなりません。その点になると、今の日本の漫画家にあなたのようなものは一人もないと云っても誇張ではありますまい。私は此絵と文とをうまく調和させる力を一層拡大して、大正の風俗とか東京名所とかいう大きな書物を、あなたに書いて頂きたいような気がするのです。
+  六月十五日
夏目金之助
-   岡本一平様
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+   岡本一平様
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底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房  -
-   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
-※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1914(大正3)年6月15日。
-入力:Nana ohbe
-校正:米田進
-2002年4月27日作成
-2002年5月11日修正
-青空文庫作成ファイル:
-このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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+   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
+※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1914(大正3)年6月15日。
+入力:Nana ohbe
+校正:米田進
+2002年4月27日作成
+2002年5月11日修正
+青空文庫作成ファイル:
+このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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-●表記について
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+●表記について
- \ 繝輔ぃ繧、繝ォ譛ォ蟆セ縺ォ謾ケ陦後′縺ゅj縺セ縺帙s + diff -uprN ORG/2670_6495.html RESULTS/2670_6495.html --- ORG/2670_6495.html 2013-09-28 17:06:26.394332000 +0900 +++ RESULTS/2670_6495.html 2017-04-05 13:37:30.412927425 +0900 @@ -1,11 +1,12 @@ + - - - + + + - 夏目漱石 木下杢太郎著『唐草表紙』序 - - + 夏目漱石 木下杢太郎著『唐草表紙』序 + + @@ -13,47 +14,47 @@

夏目漱石

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- 私は貴方あなたから送って下さった校正刷五百八十ページを今日ようやく読みおわりました。漸くというと厭々いやいや読んだように聞こえるかも知れませんが、決してそんな訳ではないのです。多大の興味ばかりか、其興味に伴う利益をも受けながら、楽しく読み了ったのです。実をいうと私の都合もあり、又活字組込の関係もありして、長短十八篇の間を休み休み通り抜けたのは、批評を依頼した貴方にも御気の毒ですし、またそれを御約束した私にも多少の不便は出て来たに相違ありませんが、此陥欠を避ける手段は御互になかったのですから、それは双方で我慢する事にして、私の御作に対するざっとした考えだけを申し上げます。
- まずあなたの特色として第一に私の眼に映ったのは、ゆたかな情緒をこまやかにしかもきりかすみのように、ぼうっと写し出す御手際おてぎわです。何故なぜぼうっとしているかというと、あなたの筆が充分にえているにかかわらず、あなたの描く景色なり、小道具なりが、朧月おぼろづきかさのように何等か詩的な聯想れんそうをフリンジに帯びて、其本体と共に、読者の胸に流れ込むからです。私は特に流れ込むという言葉を此所ここに用いました。もともと淡い影のような像ですから、胸を突つくのでも、鋭く刺すのでもない様です。あなたの書いたもののうちには、人が気狂きちがいになる所があります。人が短刀で自殺する所も、短銃ピストルで死ぬ所もあります。是等これらは大概裏から書くか、又はごく簡単に叙し去って仕舞しまわれるので、当り前の場合でも、それ程苦痛に近い強烈な刺戟しげきを読者に与えないかも知れませんが、それでも、し以上に述べたような詩的の雰囲気ふんいきの中で事が起らなかったなら、ああした淡い好い感じは与えられますまい。
- 此ぼうっとした印象が、美的な快感をそこなわない程度の軽い哀愁として、読者の胸にいつの間にか忍び込む理由を、客観的に翻訳すると色々な物象として排列されます。其内で私は歴史的に読者の過去を蕩揺とうようする、草双紙とか、薄暗い倉とか、古臭ふるくさ行灯あんどんとか、または旧幕時代から連綿とつづいている旧家とか、温泉場とかを第一にげたいと思います。過去はぼんやりしたものです。そうして何処どこかになつかしい匂いを持っています。あなたはそれをたくみに使いこなして居るのでしょう。
- 単に歴史上の過去ばかりではありません、あなたは自分の幼時の追憶を、今から回顧して忘れられない美くしい夢のように叙述しています。私は一、二、三、四、と段々読んで行くうちに此種の情調が、私の周囲を蜘蛛くもの糸の如く取り巻いて、散文的な私を、何時いつの間にか夢幻の世界に連れ込んで行ったのをよく記憶しています。私の心は次第々々に其中に引き込まれて、遂に「珊瑚樹さんごじゅ根付ねつけ」迄行って全くあなたの為にとりこにされて仕舞ったのです。だから幼時の記憶として其儘そのままを叙述していない「夷講えびすこうの夜の事であった」に至ってかえって失望しようとしたのです。
- 私は此種の筆致ひっちを解剖して第二番目に遠くに聞こえる物売の声だの、ハーモニカの節だの、按摩あんまふえの音だのを挙げたいと思います。すべて声は聴いているうちにすぐ消えるのが常です。だから其所そこには現在がすぐ過去に変化する無常の観念がひそんでいます。そうして其過去が過去となりつつも、なお意識の端に幽霊のような朧気おぼろげな姿となって佇立たたずんでいて、現在と結び付いているのです。声が一種切り捨てられない夢幻的な情調を構成するのは是が為ではないでしょうか。新内しんないとか端唄はうたとか歌沢うたざわとか浄瑠璃じょうるりとか、すべてあなたのよく道具に使われる音楽が、其上に専門的な趣をもって、読者の心を軽くつ哀れに動かすのは勿論もちろんの事ですから申し上げる必要もないでしょう。しかしあまり自分の好尚におぼれてり過ぎた痕迹こんせきを残したのもないとは云われません。第一編の「硝子ガラス問屋」の中にはその筆があまり濃く出過ぎてはいますまいか。
- 叙景に於てもあなたは矢張り同じ筆法で読者の眼を朦朧もうろうける事がすきであるように見受けました。要するに水でもでも、人の顔でもすべてあなたの眼にうつるものは、決して彫刻的にあなたを刺戟しげきしていないように見えます。全く絵画的にあなたのひとみいろどるのだろうと思います。しかもアンプレショニストのそれの如く極めて柔かです。そうして何処どこかに判然しないチャームを持っています。だから私は「荒布橋あらめばし」の冒頭に出てくるつばめの飛ぶ様子や、「夷講えびすこう」の酒宴の有様を叙するくだりに出会った時、大変驚ろいたのです。二つのものは平生のあなたの筆で書きこなされたものとは思えない位硬いのです。
- 要するに貴方の小説に有り余る程出てくるのは一種独特のムードでしょう。だからそれがまとまらない上に、筋が通らないとか、又は主人公の哲学観などが露骨に出てくると、一方が一方を殺して、少し平生の御手際おてぎわに似合わない段違いのものが出来はしまいかと疑われます。「荒布橋」とか、「岡田君の日記」とか、「六月の夜」の一部分とかになると、其所そこに手荒で変に不調和なものがあらわれているようです。其代りよし気分だけのものでも筋のまとまらない「河岸かしの夜」といったような、(其中にはずかしい議論も織り込まれてはいるが)ただ装飾的で左程さほどひとの情緒をそそる事の出来ないものもあると申し添えなければならなくなります。悪口のついでだから、「北より南へ」という短篇の評も此処ここに付け加えて置きたいと思います。ああ云った調子のものは、アナトール・フランスの短篇に沢山たくさんあります。そうして遺憾いかんながら彼の方が貴方よりずっとうまいと思います。
- あなたの作に就いて情調とか、ムードとか云うものをげて、それを具合好く説明すれば、既に大半の批評は出来上ったように考えられるのですが、其ムードを作り上げるために、河岸かし寿司屋すしやとか、通りの丸花とか、乃至ないしは坊間の音曲などだけが道具になっているという意味では決してないのです。あなたの書き下す人間が、人間として一人前に活動しつつ、同時に其一篇のムードを構成している事は疑もない事実です。亮さんでも、京さんでも、彼等のする事は皆此両様の主意を同時に満足させてるではありませんか。「三人の従兄弟いとこ」などになると、其上に又親父さんの青年に対する反抗的な感情が一篇の主意もしくは哲理として後の方に出ています。
- 次にあなたの理解力に就いて一言其特色を述べたいと思います。あなたの頭の働らきは全く科学的でありながら、其こまやかな点が、あなたの情緒の描写によく調和して、綿密によく行き渡っています。そうして不思議にもそれが普通のありふれた作物のように、くだくだしくならないのです。いくら微細な心的現象の解剖でも、又は外観からくる人間の精密な描写でも、決して干乾ひからびていません。必ず委曲要領をつくすのみならず、其所そこにあなたの独得の一種のおもむきただよっているのです。私の見る所によると其趣はあなたの観察が突飛に走らない程度で、場合々々に適当な新らしい刺戟しげきを読者に与え得るからだろうと思います。「霊岸島の自殺」や「船室」の前半の如きは、その方面のいい作例と見て差支さしつかえないでしょう。ことに前者に於て、ある男とある女の性的関係の階級等差が、あれ程細かく書いてありながら、ちっとも卑猥ひわいな心持を起させずに、ただ精緻せいちな観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、うしてもうまいと云わなければなりません。此小説は主人公が東京へ出てからの心の変化に、前半程緻密ちみつつ穏当な、芸術的描写が欠けているため、多少のむらがあると思いますが、世間でいう小説の意味から批判すると、或は圧巻の作かも知れません。
- 要するに貴方の書き方は絹漉きぬごし豆腐のように、又婦人の餅肌もちはだのように柔らかなのです、上部ばかり手触りが好いのかと思うと、中味迄ふくふくしているのです。線でいうと、ほかの人の文章が直線で出来ているのに反して、あなたのは何処どこ婉曲えんきょくな曲線の配合で成り立っているような気がします。しかも其曲線のカーヴが非常に細かいのです。外の人が一尺でえる所を、あなたはわずか一寸か二寸の長さで細かに調子よく継ぎ足しては前へ進んで行くとしか形容出来ません。其所そこにあなたの作物には、他に発見する事の出来ないデリケートな美くしさが伏在しているのでしょう。もう一つ比喩を改めて云えば、あなたの文章は楷書かいしょでなくってことごとく草書です。それも懐素のような奇怪な又飄逸ひょういつなものではありません、もっと柔らかに、もっと穏やかに、そうして時々粋な所をほのめかすといったような草書です。
- 此冗長な手紙が、もし貴方の小説集の序文として御役に立つならばうぞ御使い下さい。私は貴方に対する愉快な義務として、それを認めたのですから。
-  一月十八日夜
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+ 私は貴方あなたから送って下さった校正刷五百八十ページを今日ようやく読みおわりました。漸くというと厭々いやいや読んだように聞こえるかも知れませんが、決してそんな訳ではないのです。多大の興味ばかりか、其興味に伴う利益をも受けながら、楽しく読み了ったのです。実をいうと私の都合もあり、又活字組込の関係もありして、長短十八篇の間を休み休み通り抜けたのは、批評を依頼した貴方にも御気の毒ですし、またそれを御約束した私にも多少の不便は出て来たに相違ありませんが、此陥欠を避ける手段は御互になかったのですから、それは双方で我慢する事にして、私の御作に対するざっとした考えだけを申し上げます。
+ まずあなたの特色として第一に私の眼に映ったのは、ゆたかな情緒をこまやかにしかもきりかすみのように、ぼうっと写し出す御手際おてぎわです。何故なぜぼうっとしているかというと、あなたの筆が充分にえているにかかわらず、あなたの描く景色なり、小道具なりが、朧月おぼろづきかさのように何等か詩的な聯想れんそうをフリンジに帯びて、其本体と共に、読者の胸に流れ込むからです。私は特に流れ込むという言葉を此所ここに用いました。もともと淡い影のような像ですから、胸を突つくのでも、鋭く刺すのでもない様です。あなたの書いたもののうちには、人が気狂きちがいになる所があります。人が短刀で自殺する所も、短銃ピストルで死ぬ所もあります。是等これらは大概裏から書くか、又はごく簡単に叙し去って仕舞しまわれるので、当り前の場合でも、それ程苦痛に近い強烈な刺戟しげきを読者に与えないかも知れませんが、それでも、し以上に述べたような詩的の雰囲気ふんいきの中で事が起らなかったなら、ああした淡い好い感じは与えられますまい。
+ 此ぼうっとした印象が、美的な快感をそこなわない程度の軽い哀愁として、読者の胸にいつの間にか忍び込む理由を、客観的に翻訳すると色々な物象として排列されます。其内で私は歴史的に読者の過去を蕩揺とうようする、草双紙とか、薄暗い倉とか、古臭ふるくさ行灯あんどんとか、または旧幕時代から連綿とつづいている旧家とか、温泉場とかを第一にげたいと思います。過去はぼんやりしたものです。そうして何処どこかになつかしい匂いを持っています。あなたはそれをたくみに使いこなして居るのでしょう。
+ 単に歴史上の過去ばかりではありません、あなたは自分の幼時の追憶を、今から回顧して忘れられない美くしい夢のように叙述しています。私は一、二、三、四、と段々読んで行くうちに此種の情調が、私の周囲を蜘蛛くもの糸の如く取り巻いて、散文的な私を、何時いつの間にか夢幻の世界に連れ込んで行ったのをよく記憶しています。私の心は次第々々に其中に引き込まれて、遂に「珊瑚樹さんごじゅ根付ねつけ」迄行って全くあなたの為にとりこにされて仕舞ったのです。だから幼時の記憶として其儘そのままを叙述していない「夷講えびすこうの夜の事であった」に至ってかえって失望しようとしたのです。
+ 私は此種の筆致ひっちを解剖して第二番目に遠くに聞こえる物売の声だの、ハーモニカの節だの、按摩あんまふえの音だのを挙げたいと思います。すべて声は聴いているうちにすぐ消えるのが常です。だから其所そこには現在がすぐ過去に変化する無常の観念がひそんでいます。そうして其過去が過去となりつつも、なお意識の端に幽霊のような朧気おぼろげな姿となって佇立たたずんでいて、現在と結び付いているのです。声が一種切り捨てられない夢幻的な情調を構成するのは是が為ではないでしょうか。新内しんないとか端唄はうたとか歌沢うたざわとか浄瑠璃じょうるりとか、すべてあなたのよく道具に使われる音楽が、其上に専門的な趣をもって、読者の心を軽くつ哀れに動かすのは勿論もちろんの事ですから申し上げる必要もないでしょう。しかしあまり自分の好尚におぼれてり過ぎた痕迹こんせきを残したのもないとは云われません。第一編の「硝子ガラス問屋」の中にはその筆があまり濃く出過ぎてはいますまいか。
+ 叙景に於てもあなたは矢張り同じ筆法で読者の眼を朦朧もうろうける事がすきであるように見受けました。要するに水でもでも、人の顔でもすべてあなたの眼にうつるものは、決して彫刻的にあなたを刺戟しげきしていないように見えます。全く絵画的にあなたのひとみいろどるのだろうと思います。しかもアンプレショニストのそれの如く極めて柔かです。そうして何処どこかに判然しないチャームを持っています。だから私は「荒布橋あらめばし」の冒頭に出てくるつばめの飛ぶ様子や、「夷講えびすこう」の酒宴の有様を叙するくだりに出会った時、大変驚ろいたのです。二つのものは平生のあなたの筆で書きこなされたものとは思えない位硬いのです。
+ 要するに貴方の小説に有り余る程出てくるのは一種独特のムードでしょう。だからそれがまとまらない上に、筋が通らないとか、又は主人公の哲学観などが露骨に出てくると、一方が一方を殺して、少し平生の御手際おてぎわに似合わない段違いのものが出来はしまいかと疑われます。「荒布橋」とか、「岡田君の日記」とか、「六月の夜」の一部分とかになると、其所そこに手荒で変に不調和なものがあらわれているようです。其代りよし気分だけのものでも筋のまとまらない「河岸かしの夜」といったような、(其中にはずかしい議論も織り込まれてはいるが)ただ装飾的で左程さほどひとの情緒をそそる事の出来ないものもあると申し添えなければならなくなります。悪口のついでだから、「北より南へ」という短篇の評も此処ここに付け加えて置きたいと思います。ああ云った調子のものは、アナトール・フランスの短篇に沢山たくさんあります。そうして遺憾いかんながら彼の方が貴方よりずっとうまいと思います。
+ あなたの作に就いて情調とか、ムードとか云うものをげて、それを具合好く説明すれば、既に大半の批評は出来上ったように考えられるのですが、其ムードを作り上げるために、河岸かし寿司屋すしやとか、通りの丸花とか、乃至ないしは坊間の音曲などだけが道具になっているという意味では決してないのです。あなたの書き下す人間が、人間として一人前に活動しつつ、同時に其一篇のムードを構成している事は疑もない事実です。亮さんでも、京さんでも、彼等のする事は皆此両様の主意を同時に満足させてるではありませんか。「三人の従兄弟いとこ」などになると、其上に又親父さんの青年に対する反抗的な感情が一篇の主意もしくは哲理として後の方に出ています。
+ 次にあなたの理解力に就いて一言其特色を述べたいと思います。あなたの頭の働らきは全く科学的でありながら、其こまやかな点が、あなたの情緒の描写によく調和して、綿密によく行き渡っています。そうして不思議にもそれが普通のありふれた作物のように、くだくだしくならないのです。いくら微細な心的現象の解剖でも、又は外観からくる人間の精密な描写でも、決して干乾ひからびていません。必ず委曲要領をつくすのみならず、其所そこにあなたの独得の一種のおもむきただよっているのです。私の見る所によると其趣はあなたの観察が突飛に走らない程度で、場合々々に適当な新らしい刺戟しげきを読者に与え得るからだろうと思います。「霊岸島の自殺」や「船室」の前半の如きは、その方面のいい作例と見て差支さしつかえないでしょう。ことに前者に於て、ある男とある女の性的関係の階級等差が、あれ程細かく書いてありながら、ちっとも卑猥ひわいな心持を起させずに、ただ精緻せいちな観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、うしてもうまいと云わなければなりません。此小説は主人公が東京へ出てからの心の変化に、前半程緻密ちみつつ穏当な、芸術的描写が欠けているため、多少のむらがあると思いますが、世間でいう小説の意味から批判すると、或は圧巻の作かも知れません。
+ 要するに貴方の書き方は絹漉きぬごし豆腐のように、又婦人の餅肌もちはだのように柔らかなのです、上部ばかり手触りが好いのかと思うと、中味迄ふくふくしているのです。線でいうと、ほかの人の文章が直線で出来ているのに反して、あなたのは何処どこ婉曲えんきょくな曲線の配合で成り立っているような気がします。しかも其曲線のカーヴが非常に細かいのです。外の人が一尺でえる所を、あなたはわずか一寸か二寸の長さで細かに調子よく継ぎ足しては前へ進んで行くとしか形容出来ません。其所そこにあなたの作物には、他に発見する事の出来ないデリケートな美くしさが伏在しているのでしょう。もう一つ比喩を改めて云えば、あなたの文章は楷書かいしょでなくってことごとく草書です。それも懐素のような奇怪な又飄逸ひょういつなものではありません、もっと柔らかに、もっと穏やかに、そうして時々粋な所をほのめかすといったような草書です。
+ 此冗長な手紙が、もし貴方の小説集の序文として御役に立つならばうぞ御使い下さい。私は貴方に対する愉快な義務として、それを認めたのですから。
+  一月十八日夜
夏目金之助
-   木下杢太郎様
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+   木下杢太郎様
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底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房 -
-   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
-※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1915(大正4)年2月。
-入力:Nana ohbe
-校正:米田進
-2002年4月27日作成
-2003年5月11日修正
-青空文庫作成ファイル:※底本では、促音、拗音のふりがなは普通の大きさの仮名になっている。(校正者記す)
-このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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+   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
+※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1915(大正4)年2月。
+入力:Nana ohbe
+校正:米田進
+2002年4月27日作成
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-●表記について
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+●表記について
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夏目漱石

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- 元日を御目出おめでたいものとめたのは、一体何処どこの誰か知らないが、世間がれに雷同らいどうしているうちは新聞社が困るだけである。雑録でも短篇でも小説でも乃至ないしは俳句漢詩和歌でも、いやしくも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないにきまっている。もっと師走しわすに想像をたくましくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季せっきに正月らしい振をして何か書いて置けば、年内にもちいといて、一夜明けるや否や雑煮ぞうにとして頬張ほおばる位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。それを無理に御目出たがろうとすると、所謂いわゆる太倉たいそうぞく陳々相依ちんちんあいよるというすこぶ目出度めでたくない現象に腐化して仕舞しまう。
- 諸君子はやむを得ず年にちなんで、鶏の事を書いたり、犬の事を書いたりするが、これはむし駄洒落だじゃれを引き延ばした位のもので、要するに元日及び新年の実質とは痛痒相冒つうようあいおかす所なき閑事業である。いくら初刷だって、そんな無駄話で十頁ページも二十頁も埋られた日には、元日の新聞は単に重量において各社ともに競争する訳になるんだから、其の出来不出来に対する具眼の審判者は、読者のうちでただ屑屋くずやだけだろうと云われたって仕方がない。
- さればと云って、既に何十頁と事がきまってる上に、頭数をそろえる方が便利だと云う訳であって見れば、たとい具眼者が屑屋だろうが経師屋きょうじやだろうが相手をえらんで筆をるなんて贅沢ぜいたくの云われた家業かぎょうじゃない。去年は「元旦」と見出を置いて一寸ちょっと考えた。何もうかんで来なかったので、一昨年の元日の事を書いた。一昨年の元日に虚子が年始に来たから、東北とうぼくと云ううたいをうたったところ、虚子が鼓を打ち出したので、余のうたい大崩おおくずれになったという一段を編輯へんしゅうへ廻した。実は本当の元日なら、余の謡はもっと上手になってる訳だから、其の上手になった所をありままに告白したかったのだが、如何いかんせん、筆をってる時は、元日にまだがあったし、かつ虚子が年始に見えるとも見えないともまっていなかった上に、謡をうたう事も全然未定だったので、営業上已やむを得ず一年前のきわめて告白し難い所を告白したのである。此の順で行くと此年は又去年の元日を読者に御覧に入れなければならん訳であるが、そうそう過去のまずい所ばかり吹聴ふいちょうするのは、如何いかにも現在の己に対して侮辱を加えるようで済まない気がするから故意わざと略した。それでなおのことつかえた。
- 元日新聞へせるものには、どうもう云う困難が附帯して弱る。現に今原稿紙に向っているのは、実を云うと十二月二十三日である。うちではもちもまだかない。町内で松飾りを立てたものは一軒もない。机の前にすわりながら何を書こうかと考えると、書く事の困難以外に何だか自分一人御先走おさきばしってる様な気がする。それにもかかわらず、書いてる事が何処どことなく屠蘇とそを帯びているのは、正月を迎える想像力が豊富なためではない。何でもぎ合わせて物にしなければならない義務を心得た文学者だからである。もし世間が元日に対する僻見へきけんを撤回して、吉凶禍福きっきょうかふく共にこもごも起り得べき、平凡かつ乱雑なる一日と見做みなしてれる様になったら、余もまた余所行よそゆきの色気を抜いて平常の心に立ち返る事が出来るから、たとい書く事に酔払いの調子が失せないにしても、もっと楽に片付けられるだろうと思う。もっともそうなれば、初刷の頁も平常に復する訳だから、とくに元日に限って書かねばならぬ必要も消滅するかも知れない。それも物淋ものさびしい様だが、昨今の如き元日に対して調子を合せた文章を書こうとするのは、丁度ちょうど文部大臣が新しい材料のないのにかかわらず、あらゆる卒業式に臨んで祝詞を読むと一般である。
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+ 元日を御目出おめでたいものとめたのは、一体何処どこの誰か知らないが、世間がれに雷同らいどうしているうちは新聞社が困るだけである。雑録でも短篇でも小説でも乃至ないしは俳句漢詩和歌でも、いやしくも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないにきまっている。もっと師走しわすに想像をたくましくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季せっきに正月らしい振をして何か書いて置けば、年内にもちいといて、一夜明けるや否や雑煮ぞうにとして頬張ほおばる位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。それを無理に御目出たがろうとすると、所謂いわゆる太倉たいそうぞく陳々相依ちんちんあいよるというすこぶ目出度めでたくない現象に腐化して仕舞しまう。
+ 諸君子はやむを得ず年にちなんで、鶏の事を書いたり、犬の事を書いたりするが、これはむし駄洒落だじゃれを引き延ばした位のもので、要するに元日及び新年の実質とは痛痒相冒つうようあいおかす所なき閑事業である。いくら初刷だって、そんな無駄話で十頁ページも二十頁も埋られた日には、元日の新聞は単に重量において各社ともに競争する訳になるんだから、其の出来不出来に対する具眼の審判者は、読者のうちでただ屑屋くずやだけだろうと云われたって仕方がない。
+ さればと云って、既に何十頁と事がきまってる上に、頭数をそろえる方が便利だと云う訳であって見れば、たとい具眼者が屑屋だろうが経師屋きょうじやだろうが相手をえらんで筆をるなんて贅沢ぜいたくの云われた家業かぎょうじゃない。去年は「元旦」と見出を置いて一寸ちょっと考えた。何もうかんで来なかったので、一昨年の元日の事を書いた。一昨年の元日に虚子が年始に来たから、東北とうぼくと云ううたいをうたったところ、虚子が鼓を打ち出したので、余のうたい大崩おおくずれになったという一段を編輯へんしゅうへ廻した。実は本当の元日なら、余の謡はもっと上手になってる訳だから、其の上手になった所をありままに告白したかったのだが、如何いかんせん、筆をってる時は、元日にまだがあったし、かつ虚子が年始に見えるとも見えないともまっていなかった上に、謡をうたう事も全然未定だったので、営業上已やむを得ず一年前のきわめて告白し難い所を告白したのである。此の順で行くと此年は又去年の元日を読者に御覧に入れなければならん訳であるが、そうそう過去のまずい所ばかり吹聴ふいちょうするのは、如何いかにも現在の己に対して侮辱を加えるようで済まない気がするから故意わざと略した。それでなおのことつかえた。
+ 元日新聞へせるものには、どうもう云う困難が附帯して弱る。現に今原稿紙に向っているのは、実を云うと十二月二十三日である。うちではもちもまだかない。町内で松飾りを立てたものは一軒もない。机の前にすわりながら何を書こうかと考えると、書く事の困難以外に何だか自分一人御先走おさきばしってる様な気がする。それにもかかわらず、書いてる事が何処どことなく屠蘇とそを帯びているのは、正月を迎える想像力が豊富なためではない。何でもぎ合わせて物にしなければならない義務を心得た文学者だからである。もし世間が元日に対する僻見へきけんを撤回して、吉凶禍福きっきょうかふく共にこもごも起り得べき、平凡かつ乱雑なる一日と見做みなしてれる様になったら、余もまた余所行よそゆきの色気を抜いて平常の心に立ち返る事が出来るから、たとい書く事に酔払いの調子が失せないにしても、もっと楽に片付けられるだろうと思う。もっともそうなれば、初刷の頁も平常に復する訳だから、とくに元日に限って書かねばならぬ必要も消滅するかも知れない。それも物淋ものさびしい様だが、昨今の如き元日に対して調子を合せた文章を書こうとするのは、丁度ちょうど文部大臣が新しい材料のないのにかかわらず、あらゆる卒業式に臨んで祝詞を読むと一般である。
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底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房  -
-   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
-初出:「朝日新聞」
-   1910(明治43)年1月1日
-入力:Nana ohbe
-校正:米田進
-2002年5月10日作成
-2003年5月11日修正
-青空文庫作成ファイル:
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+   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
+初出:「朝日新聞」
+   1910(明治43)年1月1日
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+校正:米田進
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-●表記について
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「必然的に……月蝕が一定の時期に出現するようにね。」
「ほう、じゃな、その社会が月蝕と同じようにくるもンなら、一切のあんた達の努力、活動は無駄じゃないかね。何のために労働者の組織をする必要があるだろう。自然的にやってくる月蝕を待つのに、総ての運動は不用だと思わんかい。これァ多分、そんな社会はやってこないということを証拠立ててやしまいかね。ハハハハ……主義者などというものは……」
-「まァ、襞のない扁平な頭脳ってあるもンですわね、医学の好研究資料になるわ。月蝕って人間の意志で左右されるかしら? ホホホ……小学校三年生の常識をもってこなくちゃね、私の云ったのは必然性に就てですわ。この社会のあらゆる現象は人間の意志を通して起りますわ。私達のその社会の不可避的な出現も、人間の意志がその方向に働くからです。その方面へ努力するからよ。だから組織も勿論必要なんですわ。その必然の結果×××××ですもの。私達はそれへ努力するんです。貴方達はその眼で労働者を侮辱なさる。そうですとも、その人達は汚くて、無愛想かもしれない。けれど、それはあの人達の故じゃないわ。制度の、この資本主義社会のお蔭なんです。私達は十人の労働者を幸福にするのが目的じゃない、千の万の、この世の中の被圧迫者達の正当な生活を営むその社会の出現を目的としているんです。」
+「まァ、襞のない扁平な頭脳ってあるもンですわね、医学の好研究資料になるわ。月蝕って人間の意志で左右されるかしら? ホホホ……小学校三年生の常識をもってこなくちゃね、私の云ったのは必然性に就てですわ。この社会のあらゆる現象は人間の意志を通して起りますわ。私達のその社会の不可避的な出現も、人間の意志がその方向に働くからです。その方面へ努力するからよ。だから組織も勿論必要なんですわ。その必然の結果×××××ですもの。私達はそれへ努力するんです。貴方達はその眼で労働者を侮辱なさる。そうですとも、その人達は汚くて、無愛想かもしれない。けれど、それはあの人達の故じゃないわ。制度の、この資本主義社会のお蔭なんです。私達は十人の労働者を幸福にするのが目的じゃない、千の万の、この世の中の被圧迫者達の正当な生活を営むその社会の出現を目的としているんです。」
 部屋の空気の睡さに反抗して、槇子は遂い喋べった。
 喋べった後で苦っぽく笑って、テーブルの上の辞令を自分の方へ引き寄せた。
「……いや、その、やはりあんたは勉強してるだけあって、どうして仲々しっかりしたことを云われる。私も同感出来る節もある。私の云わんとしたことはですな、何ですよ、あんた達のようなお嬢さんの危険な運動は一種の流行病じゃないかと思う、その点ですよ。どうですね。あんたもその患者の一人ということにしておいたら……」
@@ -183,7 +183,7 @@ 「口+盧」 -    + 461-上-6 + - - - + + + 小倉金之助 三百年後 - - - - + + + +

三百年後

小倉金之助

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 老境にはいると、若い時分のような楽みが、だんだんと無くなって来る。殊に近頃の御時勢では、喰べ物も大分まずくなったように思われるし、白米にも御別 -れを告げたし、いまにお酒もろくに飲めない時が来るかも知れない。只今では、私の楽みといえば、古本いじりときまってしまった。
-
- この頃の寒さでも、天気のいい日に、日当りのよい廊下で、三百年も以前の和本や唐本や洋書などを、手当り次第に取上げて、いい加減のところから読みはじめる楽みは、およそ何物にも代え難いものがある。
+れを告げたし、いまにお酒もろくに飲めない時が来るかも知れない。只今では、私の楽みといえば、古本いじりときまってしまった。
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+ この頃の寒さでも、天気のいい日に、日当りのよい廊下で、三百年も以前の和本や唐本や洋書などを、手当り次第に取上げて、いい加減のところから読みはじめる楽みは、およそ何物にも代え難いものがある。
 妙なもので、書物も三百年位の歳を取ると、私にはただ懐かしいのだ。よくも今まで生きていて、そしてよくも貧しい私の懐に飛込んで来て呉れたものだ。そ う云う感謝の気分にもなるし、時にはまた、ほんとうに此世でお目にかかれてよかった、と云う様な、三百年前の恋人とのめぐり逢い。――どうかすると、そん -な気分にもなることがあるのである。
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+な気分にもなることがあるのである。
+
 しかし、何か仕事をしなければ、書物も買えないような身分の私は、何時までも、そんな陶酔気分に浸っている訳には行かない。やがて其の気分から醒める と、今度は急に、内容の検討、価値批判の精神で、頭が一杯になって来る。三百年前の書物というのも、私に取っては、娯みに読むのではなく、実は仕事のため -の資料なのだった。
-
- 批判することは、批判されるよりも苦しいのだが、しかし、その苦しい批判を外にして、どこに学問の歴史があり得るだろう。
- ところが世の中には、批判されるのを、ひどく厭がる学者があるらしいが、私からいわせると、そんな先生は、一日も早く廃業するに限ると思う。
- こう云うと、いや真面目な立派な仕事をするからこそ、批判の的になるのである。だから、批判を免れるつもりなら、箸にも棒にもかからぬような、誰も相手にしないような、つまらぬ仕事(?)ばかりやればよいではないかと、皮肉な連中が、にやにや答えるかも知れない。
+の資料なのだった。
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+ 批判することは、批判されるよりも苦しいのだが、しかし、その苦しい批判を外にして、どこに学問の歴史があり得るだろう。
+ ところが世の中には、批判されるのを、ひどく厭がる学者があるらしいが、私からいわせると、そんな先生は、一日も早く廃業するに限ると思う。
+ こう云うと、いや真面目な立派な仕事をするからこそ、批判の的になるのである。だから、批判を免れるつもりなら、箸にも棒にもかからぬような、誰も相手にしないような、つまらぬ仕事(?)ばかりやればよいではないかと、皮肉な連中が、にやにや答えるかも知れない。
 なるほど、それは一理がある。けれども私にかかっては、それでも駄目なのだ。私は立派なものを批判すると同時に、つまらないものをも批判するつもりなの だ。立派な作品がその時代を代表するなら、愚作もまたその時代を代表する権利を持っている。愚作の意味を認め得ないような歴史家は、片眼しか持たないのだ -と思う。
-
- ところで私は、遺憾なことに予言者ではないのだから、三百年後のことは見当も付き兼ねるが、しかし三百年後のわが日本は、文運も層一層隆々として栄えることと想像される。
- そうすると、其の頃になっても、私と同じような根性の人間が、また生れないとは限らないのである。
- そこで今の内に、出版屋さんに告げておきたい。――
- もし皆さんが、三百年の後に、昭和時代の学問は皆実に立派なもの許りであったと、云われたいなら、今日以後、つまらない本をば高価にして、保存の出来ない質の紙に印刷するがよい。これに反して、立派な本をば廉価にして、永久性ある紙質を用うべきである。
-
- これが、この歳になって、やっと悟り得た一つの教訓である。(昭和一四・一二・一一)
+と思う。
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+ ところで私は、遺憾なことに予言者ではないのだから、三百年後のことは見当も付き兼ねるが、しかし三百年後のわが日本は、文運も層一層隆々として栄えることと想像される。
+ そうすると、其の頃になっても、私と同じような根性の人間が、また生れないとは限らないのである。
+ そこで今の内に、出版屋さんに告げておきたい。――
+ もし皆さんが、三百年の後に、昭和時代の学問は皆実に立派なもの許りであったと、云われたいなら、今日以後、つまらない本をば高価にして、保存の出来ない質の紙に印刷するがよい。これに反して、立派な本をば廉価にして、永久性ある紙質を用うべきである。
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+ これが、この歳になって、やっと悟り得た一つの教訓である。(昭和一四・一二・一一)
〔一九四〇年一月〕
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-底本:「エッセイの贈りもの1」岩波書店
-   1999(平成11)年3月5日第1刷発行
-底本の親本:「図書」岩波書店
-   1940(昭和15)年1月号
-初出:「図書」岩波書店
-   1940(昭和15)年1月号
-入力:川山隆
-校正:富田倫生
-2013年5月18日作成
-青空文庫作成ファイル:
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+底本:「エッセイの贈りもの1」岩波書店
+   1999(平成11)年3月5日第1刷発行
+底本の親本:「図書」岩波書店
+   1940(昭和15)年1月号
+初出:「図書」岩波書店
+   1940(昭和15)年1月号
+入力:川山隆
+校正:富田倫生
+2013年5月18日作成
+青空文庫作成ファイル:
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-●表記について
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+●表記について
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●図書カード
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氷のかちかち凍ったくろい三百のあたま。
-――よいもあそこに寝ている
だろう友山本敏男におくる――
+――よいもあそこに寝ている
だろう友山本敏男におくる――
(一九三五年一月十日作 『詩精神』同年四月号に発表 一九三六年一月前奏社刊『一九三五年詩集』を底本)